関節液がめぐり、膝が「ほぐれて」いく
膝の軟骨は、水分をたっぷり含んだスポンジのような組織です。体重がかかると、この水分がクッションのように働き、骨の表面を覆う軟骨同士がこすれる摩擦を大きく減らしてくれます。ところが夜間長く体重をかけずにいると、このクッションの効き方が変化し、起きてすぐの一歩目は、まだクッションが十分に働き始める前のタイミングに重なることがあります。そのため動き始めは摩擦や負担を感じやすく、痛みとして自覚されやすいのです。少し歩いて荷重と除荷が繰り返されると、このクッションの働きが安定し、関節液も行き渡って、痛みが和らいでいきます。
なぜクッションが効きにくくなるの?
関節軟骨は、水分と固体成分(コラーゲンや軟骨細胞)からなる「二相性(biphasic)」の組織として知られています。荷重がかかった瞬間、軟骨内の水分がすぐには逃げられず圧力を受けて硬くなり、この水の圧力(間質液圧)が体重の大部分を一時的に支えることで、摩擦を大きく減らしています(Ateshian GA. J Biomech. 2009)。
ただしこの状態は長くは続きません。荷重がかかり続けると、数十秒〜数分かけて水分が徐々に組織の外ににじみ出て(exudation)、圧力が下がり、摩擦係数が徐々に上がっていきます。夜間の長い不動時間のあと、起床直後の一歩目はこの「圧力がまだ十分に立ち上がっていない」タイミングにあたる可能性があり、動き始めに痛みを感じやすい一因と考えられています。歩き続けることで荷重と除荷が繰り返され、この潤滑バランスが安定してくるにつれて、痛みも和らいでいきます。
ちなみに、こうした「動き始めに違和感を覚えやすい」という現象は、膝に限った話ではありません。軟骨がクッションとして働く仕組みそのものは、股関節や足関節など体重を支える関節に共通する性質だからです。
膝以外の関節でも同じことが言えるの?
軟骨が荷重時に水分の圧力でクッションとして働くという性質(二相性・間質液圧)は、膝軟骨に限らず、肩関節の軟骨を用いた摩擦実験でも同様に、時間の経過とともに摩擦係数が上昇するという同じパターンが確認されています(Caligaris M, Ateshian GA. Osteoarthritis Cartilage. 2008)。また股関節を対象とした立体的なコンピューターモデル研究でも、同じ間質液圧のメカニズムが理論的に支持されています(Li J, et al. J Biomech. 2013)。
ただし、これはあくまで軟骨という「組織の物性」としての一般化です。「朝いちばんの痛みとして実際に自覚されやすいかどうか」は関節ごとに差があると考えられ、股関節や足関節のように日常的に体重がかかる関節ほど目立ちやすい可能性がありますが、これを関節間で直接比較した臨床研究は現時点では見当たらず、推測の域を出ないことは申し添えておきます。
関節を包む膜(滑膜)にも軽い炎症が
膝OAは軟骨がすり減るだけの病気ではなく、関節を包む滑膜まで含めた「関節全体の変化」として理解されるようになっています。レントゲンで見える軟骨の減り方と、実際の痛みの強さが必ずしも一致しないのは、この滑膜の炎症が関わっているためと考えられています。
炎症があるって、どう分かるの?
MRIを使った縦断研究(Hill CL, et al. Ann Rheum Dis. 2007)では、経過とともに滑膜炎のスコアが変化した患者ほど、膝痛のスコア(VAS)も同じ方向に変化することが示されました。相関係数はr=0.21(p<0.001)と、決して強い相関ではありませんが、統計的に有意な関連です。つまり滑膜炎は痛みの一因ではあっても、それだけで痛みの強さのすべてを説明するものではないということでもあります。
さらに造影剤を使ったMRI研究(Baker K, et al. Ann Rheum Dis. 2010)では、高度な滑膜炎が確認された患者は、そうでない患者に比べて重症の膝痛を訴えるオッズが9.2倍(95%信頼区間 3.2〜26.3)高いことが報告されています。興味深いのは、この滑膜炎はMRIでは分かっても、診察で触ってもはっきり分からない程度のことが多い点です。「見た目や触診では分からないのに、実は炎症が起きている」というケースが、朝の痛みの背景にあることも少なくありません。
ただし、ここで言う「MRIでわかる」滑膜炎は、実は造影剤を使ったMRI(CE-MRI)の話です。通常の造影剤を使わないMRI(非造影MRI)では、滑膜と関節液がほぼ同じ信号強度になるため両者の区別が難しく、滑膜肥厚の検出感度は限定的であることが指摘されています。膝OA患者で非造影MRIと造影MRIを直接比較した研究(de Vries BA, et al. Arthritis Res Ther. 2021)でも、非造影法は造影法に比べて滑膜炎のスコアを系統的に低く見積もることが定量的に示されました。造影MRIは侵襲的・高コスト・時間がかかるため、日常診療で気軽に行える検査ではありません。
これに対して超音波検査は、造影剤を使わずに、滑膜の肥厚と関節液貯留をリアルタイムに圧迫・可動性・エコー輝度の違いで直接見分けることができ、パワードプラを使えば血流の増加(=活動性の炎症)まで評価できます。膝の滑膜炎は、実診療でより身近なこの超音波検査でも繰り返し確認されています。24件の観察研究を統合したメタ解析(Sarmanova A, et al. Osteoarthritis Cartilage. 2016)では、膝OA・膝痛のある人で関節液貯留や滑膜肥厚が、無症状の一般集団より明らかに高い頻度で認められました。地域住民を対象とした症例対照研究(Sarmanova A, et al. Arthritis Res Ther. 2017)でも、超音波での関節液貯留は膝痛の重症度と関連しており、OMERACTの超音波スコアを用いた横断研究(Philpott HT, et al. J Rheumatol. 2022)では、中等度〜重度の滑膜炎がある患者は持続性の痛みのリスクが約4.7倍高いことが示されています。造影剤も被曝もなく、診察室でその場ですぐ確認でき、繰り返し評価できるという特性を考えると、少なくとも日常診療で実際に選択可能な検査同士を比べたときには、超音波は膝の滑膜炎評価において非造影MRIより実用的に優れた選択肢だと言えます。
一方で、レントゲンで見える骨棘(骨のとげ状の変化)そのものは、痛みの直接の原因ではないというのが伝統的な理解です。骨棘や骨硬化像は痛みの有無・強さとほとんど相関しない一方、骨の内部に水分がにじんだような病変(骨髄病変、bone marrow lesion)は痛みと非常に強く一貫して関連することが報告されています(Felson DT, et al. Ann Intern Med. 2001)。骨棘と痛みの関連を示す研究がある場合も、骨棘は病期が進んだ関節ほど多く見られるため、「骨棘が多い=疾患が進行している」という間接的な関連である可能性が高く、骨棘自体が痛みを発生させていると即断はできません。
痛みの感じ方そのものにも個人差がある
同じくらいの関節の状態でも、朝の痛みの強さには個人差があります。これは、痛みを伝える神経の仕組みそのものが敏感になっている状態が関わっていることがあると考えられています。「気のせい」では決してありません。
痛みの感じ方が変わるってどういうこと?
研究では、圧力をかけたときにどこまでの強さで痛みと感じ始めるか(痛覚閾値)を、膝だけでなく、ふくらはぎや腕といった離れた場所でも測定します。膝OA患者では、膝はもちろん、痛みの原因があるはずのない腕でもこの閾値が健常な人より低く、つまり体全体が「痛みに敏感」になっていることが分かってきました(Arendt-Nielsen L, et al. Pain. 2010)。しかも痛みに敏感な人ほど、自覚的な膝の痛みも強い傾向がありました。
これは中枢性感作(central sensitization)と呼ばれる状態で、末梢の関節そのものの炎症とは別に、脳や脊髄で痛みの信号が増幅されて伝わりやすくなっていることを意味します(Woolf CJ. Pain. 2011)。この仕組みが関わっている場合、膝そのものの構造的な問題を治療しても痛みが完全には消えないことがあり、痛みへの向き合い方を考えるうえで重要な視点とされています。
関節リウマチとの違い
関節リウマチ(RA)の朝のこわばりは、これとは別の仕組みで起こります。夜間から早朝にかけて炎症性の物質が増え、体内のホルモンの分泌タイミングとずれることが原因とされています。膝OAの「動き始め痛」より長く続く傾向があります。
リウマチとの違い、もう少し詳しく
RA患者を対象に24時間かけて採血し、血中の物質の変化を追った研究(Perry MG, et al. Ann Rheum Dis. 2009)では、炎症を引き起こすIL-6という物質が深夜2時ごろから上昇し始め、早朝にかけてピークを迎えることが分かりました。一方、体を守る働きを持つコルチゾールというホルモンの分泌はこのタイミングとずれており、炎症を抑える力が最も弱い時間帯に炎症物質が最も強くなる、という状態が毎晩起きていることになります。
実際に、この考え方をもとに、夜22時頃に内服し、約4時間後の深夜〜早朝にプレドニゾンが放出されるよう設計された特殊なステロイド製剤(modified-release / delayed-release prednisone)が開発されています。欧州ではLodotra®として、朝のこわばりを伴う中等症〜重症RAに用いる遅延放出錠として、米国ではRayos®として「delayed-release prednisone」の名称で承認されています。ランダム化比較試験では、通常のステロイドを朝に服用する場合と比べて、朝のこわばりの時間が有意に短縮することが確認されました。ただしこの製剤は日本では承認されておらず、あくまで「特に朝のこわばりが強いRA患者への補助的な選択肢」という位置づけです。RA治療の中心は今も、抗リウマチ薬や生物学的製剤・JAK阻害薬であり、ステロイド自体は短期・少量の補助的な使用にとどめるのが一般的です。とはいえ、この一連の研究は「RAの朝のこわばりが体内時計に沿った全身性の炎症現象である」ことを裏づける、興味深い臨床応用例といえます。膝OAの動き始め痛が「動けばすぐ良くなる局所の現象」であるのに対し、RAのこわばりが長引きやすいのは、こうした背景の違いによるものです。
膝以外でも起こる「動き始めのつらさ」
ここまでお話ししてきた「動くと楽になる、朝のこわばり」は、実は膝に限った話ではありません。ただし、その仕組みは部位によって同じではなく、混同しないよう整理しておきます。
変性疾患に共通する「gel phenomenon」という考え方
膝や股関節など、軟骨と滑液を持つ関節(滑膜関節)に起こる、動き始めの一時的なこわばりは、臨床の現場では「gel phenomenon(膠化現象)」と呼ばれます。関節リウマチのような炎症性の病気では朝のこわばりが1時間以上続くのに対し、変形性関節症のような変性性の病気では30分以内におさまることが多く、この持続時間の違いは炎症性か非炎症性かを見分ける手がかりの一つとされています。「関節液がめぐり…」の項でお話しした軟骨の間質液圧の仕組みは、このgel phenomenonを現代の生体力学の視点から説明したものにあたります。
足底腱膜炎の朝の一歩目の痛みは、実は別の仕組み
足の裏に痛みが出る足底腱膜炎も、朝の一歩目が特につらいことで知られていますが、これは上記のgel phenomenonとは異なる仕組みです。足底腱膜には関節液も軟骨もなく、就寝中に足関節が軽く底屈した姿勢で足底腱膜がやや短縮し、起床後の一歩目で急に伸ばされることで、かかとの骨との付着部にストレスがかかり痛みが生じると考えられています。夜間、足関節を軽く上に反らせた状態に保つ装具(ナイトスプリント)で朝の痛みが軽減するというランダム化比較試験の報告があり(Batt ME, et al. Clin J Sport Med. 1996)、「夜間の短縮を防ぐ」という考え方を裏づけています。なお「踵が痛い」という症状には、足底腱膜炎以外にも脂肪体萎縮や神経の絞扼などいくつもの原因があります。詳しくは「踵が痛い」の記事で整理していますので、あわせてご覧ください。
腰椎の朝のこわばりは、椎間板の水分量の変化で説明できる
腰椎の朝のこわばりについては、比較的よく分かっている仕組みがあります。就寝中は背骨への荷重が減るため、椎間板(特に髄核)が浸透圧によって水分を吸収し、椎間板の高さがわずかに増加します。その結果、起床直後は椎間板内の圧力が高く、前屈に対する抵抗が大きい状態になっており、日中活動して水分が絞り出されるにつれて、可動域が徐々に広がっていきます。実際に、起床直後と午後とで腰椎の前屈可動域を比較した研究では、日中で可動域が約5度増えることが確認されています(Adams MA, Dolan P, Hutton WC. Spine. 1987)。
高齢者を対象とした研究(Feller D, et al. Osteoarthr Cartil Open. 2024)でも、朝の背部のこわばりの強さは椎間板の変性の程度と関連する一方、炎症の指標であるCRPとは関連しないことが示されており、腰椎の朝のこわばりが炎症性ではなく、この力学的な仕組みによるものであることを支持しています。朝は椎間板が硬く屈曲しにくい分、前屈時の負担が椎弓・椎間関節・後方の靭帯群にもかかりやすくなるとされ、起床直後の急な前屈や重い物を持ち上げる動作に注意が必要とされるのは、こうした背景によるものです。
腱や靭帯の「硬さ」も関係するのか(研究段階の考え方)
腱や靭帯もコラーゲンを主体とした粘弾性組織で、しばらく動かさずにいると、動かし始めの数回は硬く感じられ、繰り返し動かすうちに元の力学特性に戻っていく性質(プレコンディショニング効果)が、摘出した腱・靭帯を用いた実験では確認されています(Schatzmann L, et al. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 1998)。ただしこれらの研究の多くは実験室で組織を機械的に繰り返し引っ張るタイプのものであり、生体において朝のこわばりの自覚症状に直接つながることを示した臨床研究は今のところ見当たりません。物性としてはもっともらしいものの、他の項目に比べるとまだ推測の域にとどまる説明であることを申し添えておきます。
受診の目安
- 30分、特に1時間以上続く → 関節リウマチなどの炎症性関節炎に加え、膝OA自体が進行しているサインのこともあります
- 30分以内でおさまっても、痛み自体が強い、歩行に支障が出る → 持続時間にかかわらず受診をお勧めします
- 腫れ・熱感を伴う、複数の関節に及ぶ → 早めのご相談をお勧めします