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整形外科 外科
リハビリテーション科

膝蓋骨軟骨損傷 Patellar cartilage injury

膝蓋骨(お皿の骨)の裏側には、大腿骨(太ももの骨)と滑らかに動くための関節軟骨が存在します。
この軟骨は摩擦をほとんど生じさせず、衝撃を吸収する役割を持ちます。
何らかの原因でこの軟骨に亀裂・浮き上がり・剥離・摩耗が生じた状態が「膝蓋骨軟骨損傷」です。

原因は大きく3つに分かれます。それぞれの発生機序と治療方針は異なります。


① 外傷性膝蓋骨軟骨損傷(Traumatic Patellar Cartilage Injury)

● 原因

転倒や膝の強打、スポーツ中の膝蓋脱臼、膝への直接的な衝撃など、一度の明確な外力が原因で発生します。
とくに膝を曲げた状態での衝突や脱臼の瞬間に、膝蓋骨と大腿骨の間に過大なせん断力が働き、
軟骨が軟骨下骨との接合面で剥がれかける形になります。

● 病態

軟骨表面に**線状の亀裂(fissure)が入り、
軟骨下骨から1mm前後の
浮き上がり(部分剥離)**が起こる。


MRIでは軟骨下骨との境界に**線状の高信号域(液体貯留)**を認める。

一部に骨挫傷(bone bruise)を伴うこともある。

剥離片が安定していれば自然癒合が可能だが、動揺性が強い場合は遊離体化することもある。

● 症状

受傷直後の膝前面痛、腫脹、荷重時痛
屈伸時の「引っかかり感」や軽いクリック
痛みが軽い場合は、日常生活では違和感程度で経過することもある

● 治療方針

ほとんどの症例(約90〜95%)は保存療法で改善します。

保存療法:

安静・負荷制限(2〜4週間):深い屈曲・階段昇降・しゃがみ込みを避ける
→膝蓋骨安定型装具(パテラスタビライザー)で外側偏位を抑制

薬物療法:NSAIDs短期投与、ヒアルロン酸注射による関節潤滑改善
物理療法:温熱・超音波・低出力レーザーで血流改善
筋力訓練:疼痛軽減後に内側広筋(VMO)強化、腸脛靭帯・ハムストリングのストレッチ

MRI再検スケジュール:

第1回:4〜6週後(浮き上がりの安定化を確認)
第2回:12週後(癒合・修復の確認)

手術適応:
痛み・腫脹が持続(6週以上)
MRIで浮き上がりの拡大(>2mm)
遊離体形成やロッキング症状
→ 関節鏡下整復固定またはマイクロフラクチャー法を検討。

● 予後

適切な保存療法で3〜6か月以内に自然安定化することが多い。
再損傷予防には、大腿四頭筋のバランスと膝蓋骨トラッキングの改善が重要。


② 慢性過負荷性膝蓋骨軟骨損傷(Overuse-related Patellar Cartilage Injury)

● 原因

スポーツや日常生活での膝蓋大腿関節への繰り返しの負荷が原因。
とくに以下のような条件が重なると起こりやすくなります:

階段昇降・しゃがみ動作の多い生活
ランニングやジャンプの繰り返し
筋力アンバランス(内側広筋の弱化、外側広筋・腸脛靭帯の緊張
膝蓋骨の外側偏位・高位膝蓋骨

● 病態

軟骨が慢性的に摩擦・圧迫を受け、軟化・菲薄化していく。
MRIではT2強調像で軟骨の高信号化(軟化像)を示す。
時に微小な亀裂や浅い欠損を伴う。
「膝蓋軟骨軟化症(chondromalacia patellae)」とも重なる概念。

● 症状

階段昇降・立ち上がり・しゃがみ動作で膝前面痛
動作開始時の違和感(スタート痛)
腫脹は軽度で、慢性的経過をとる

● 治療方針

安静・動作制限:深屈曲動作を控える
筋力再教育:内側広筋を中心に大腿四頭筋強化、臀筋・体幹筋も併用
ストレッチ:外側広筋・腸脛靭帯・ハムストリングを重点的に
物理療法:温熱療法・超音波・低周波刺激
薬物療法:ヒアルロン酸・NSAIDs・サプリメント(コンドロイチンなど)
姿勢・フォーム改善:ランニングフォーム、靴のインソール調整など
テーピング:膝蓋骨の外側牽引を防ぐパテラテーピング

● 予後

数週間〜数か月の保存療法で症状軽快。
再発を防ぐには、筋力・柔軟性・フォームのバランス改善が鍵。


③ 変性性膝蓋骨軟骨損傷(Degenerative Patellar Cartilage Injury)

● 原因

加齢・筋力低下・肥満・ホルモン変化
膝蓋骨の位置異常(高位膝蓋骨・外側偏位)
長期的な荷重ストレスによる軟骨変性

● 病態

軟骨の再生力低下により、菲薄化・裂溝形成・欠損が進行。
MRIでは軟骨厚の減少と下骨の硬化像(subchondral sclerosis)が特徴。
膝蓋大腿関節症(PF-OA)の初期として現れることも多い。

● 症状

膝前面の慢性痛、階段昇降痛、正座困難
朝のこわばり、膝のゴリゴリ音(crepitus)
長時間の座位・立位で悪化

● 治療方針

筋力強化:大腿四頭筋・殿筋・体幹筋で膝の安定性向上
体重管理:膝蓋大腿関節への荷重軽減
温熱・超音波・レーザー治療:血流促進
関節内注射:ヒアルロン酸、PRP(多血小板血漿)など
再生医療/手術(進行例):自家軟骨移植(ACI)、骨軟骨移植、アライメント矯正術など

● 予後

進行は緩やかですが慢性経過をとります。
保存療法を継続しながら、疼痛コントロールと生活動作の最適化が重要。


●再損傷を防ぐ

問題点 結果 改善法
外側広筋・腸脛靭帯の過緊張 膝蓋骨が外側に偏位 ストレッチ+リリース
内側広筋(VMO)の筋力低下 膝蓋骨を中央へ戻す力が弱い VMOトレーニング
臀筋・体幹筋の弱化 下肢アライメント不良 全身的筋バランス強化
硬い動作・深い屈曲 関節圧増大 浅い可動域での運動制御


総括

分類 主な原因 病態 治療の基本 特徴
外傷性 転倒・打撲・スポーツ外傷 一度の外力による部分剥離 保存療法中心(稀に固定術) 若年者に多く自然修復が期待できる
慢性過負荷性 階段昇降・ランニングなどの反復負荷 軟骨軟化・微小裂溝 筋トレ・姿勢改善・物理療法 スポーツや日常動作での使いすぎ
変性性 加齢・肥満・筋力低下・位置異常 菲薄化・裂溝・摩耗 理学療法・体重管理・再生医療 中高年層に多く慢性的

まとめ

膝蓋骨軟骨損傷は「外傷」だけでなく「使いすぎ」や「加齢変化」でも起こります。
多くの症例では手術を行わず保存療法で十分に改善します。
症状の進行を防ぐには、膝蓋骨の動き(トラッキング)と筋バランスの管理が非常に重要です。 痛みや違和感が続く場合は、早期にMRI評価とリハビリ指導を受けることをおすすめします。