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整形外科 外科
リハビリテーション科

【2025-11-18 JST】
◆剣状突起痛(xiphoidalgia / xiphodynia)

剣状突起痛は、胸骨遠位端に位置する剣状突起そのもの、あるいは周囲の軟部組織に生じる限局性疼痛を主体とする臨床概念です。

解剖学的変異が大きい部位であるため、形状の屈曲や肥厚、軟骨残存などが痛みの背景として指摘されており、外傷、反復する体幹前屈、肥満・急激な体重変化などの機械的刺激が誘因となることが報告されています(Lipkin 1955, Wenzel 1999)。

病態は単一ではなく、構造的要因と機械的刺激が重なって成立する「胸壁痛症候群」の一亜型として理解されます。


1.病態と臨床的背景

剣状突起は、骨と軟骨の移行が残存しやすく、個人差の大きい領域です。鉤状の屈曲や、前方あるいは後方への突出を示す形態が一定割合でみられ、こうした形態が胸壁の運動に伴う牽引力や圧迫力を局所に集中させると考えられています。

特に体幹前屈や重量物の持ち上げ動作では、腹直筋が胸骨起始部に張力を生じさせ、剣状突起に機械的負荷が集中します。心臓マッサージ後や胸部外傷後に発症する例もあり、微小骨折や軟部損傷が疼痛の長期化に関連することが示唆されています。


2.症状

典型例では、剣状突起の骨性構造に一致する鋭い圧痛が主症状となります。疼痛は姿勢変化や体幹前屈で誘発されやすく、食後の胃内容膨満によって増悪することもあります。

胸骨体や心窩部、肩甲帯へ放散する関連痛を訴える患者もおり、胸部不快感や嚥下時の違和感が随伴する例も文献上報告されています(Maigne 2010)。身体診察では、剣状突起に直接触れることで痛みがほぼ

必ず再現される点が重要で、腫脹や発赤は通常乏しいまま経過します。


3.鑑別診断

剣状突起痛は一見すると心臓・消化器・呼吸器疾患の胸部症状と類似するため、系統的な鑑別が不可欠です。

整形外科領域では、Tietze 症候群や肋軟骨炎が近縁疾患として挙げられます。肋軟骨炎は複数肋軟骨に散在する圧痛が特徴で、剣状突起痛のように一点へ収束する疼痛とは異なります。

Tietze 症候群では腫脹を伴うため、剣状突起部に腫れがないことが鑑別の助けとなります。胸鎖関節炎では、肩帯の運動によって症状が変動しやすい点が特徴です。

また、胸椎下部の椎間関節障害は胸骨部に関連痛を生じ得ますが、剣状突起への直接圧痛が消失する点が相違点になります。

心臓疾患では、虚血性心疾患が最重要の除外項目です。圧迫感や労作時の増悪といった性状を示し、局所圧痛で再現されない点が決定的に異なります。大動脈疾患も急激な背部痛や血圧差を呈し、剣状突起痛とは明確に異なる経過を辿ります。

消化器疾患では、胃・十二指腸疾患や胆嚢・膵疾患が胸部〜心窩部痛として誤って想起されることがあります。しかし、これらは剣状突起の骨性ポイントで疼痛が再現されないため、触診が鑑別に極めて有用です。胸膜炎など一部の呼吸器疾患では深呼吸で増悪しますが、骨性圧痛を示さない点が典型です。


4.検査

X線側面像では剣状突起の屈曲や肥厚、骨棘化などの形態異常が確認できることがあります。

CT は形態評価に最も優れ、微小骨折の確認にも有用です。超音波検査は痛みの誘発を再現しながら軟部組織を評価できる利点があり、特に圧痛点の同定を裏付ける目的では優れています。

血液検査では一般に炎症反応の上昇を伴わず、発熱やCRP上昇がある場合には感染性肋軟骨炎や他臓器疾患の鑑別を優先すべきです。


5.治療

標準化された国際ガイドラインは存在しませんが、既報では保存療法が中心となります。

活動量の調整や体幹前屈を避ける姿勢工夫、NSAIDs などの一般的疼痛管理が基本です。

明確な圧痛点を有する症例では、局所麻酔薬やステロイドを用いた注射が疼痛軽減に寄与したとする症例報告が蓄積しています。

難治例では剣状突起切除術が選択されることがありますが、症例数が極めて限られており、確立した適応基準は存在しません。


6.注意点・例外

剣状突起痛は良性の局所痛として扱われがちですが、胸部痛の初期段階では虚血性心疾患や大動脈疾患、胆嚢・膵疾患などの致死的病態と区別がつきにくいことがあります。

そのため、圧痛の局所性と再現性を慎重に確認し、少しでも非典型例と感じられる場合は他臓器疾患の除外を優先すべきです。

外科的治療はあくまで最終的選択肢であり、標準治療とみなすべきではありません。